◆ ちょっとお知らせ ◆

My Favorite 「私のお宝」

2013年04月12日

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「私のお宝」

高校39年卒 山口 幸子

 

私のお宝はJRが期間限定で発売する「青春18切符」です。一日24時間各駅停車又は新快速ランナー等乗る事が出来るので時間があれば全国行きたい所に行けます。

 切符が発売されると私の身も心も行きたい所、見てみたいところ訪ねたい人へとスイッチオン!!

2012年の夏はいざ「西日本一周汽車の旅」と相成りました。

 大変強行軍の旅ですが皆様も地図と時間表と共にいかがですか?いざ出発です。


京都二条 → 福知山 → 豊岡 → 城崎 → 浜坂 → 鳥取 → 米子 → 浜田 

 5:36        7:27着  9:51着  10:07着  11:09着 12:09着  13:45着  
           8:37発    9:55発  10:08発  11:15発 12:16発  13:47発  17:26到着です。


 本日所要時間は「
10時間10分」

この間車中では鳥取の砂丘を思い友と訪ねた境港を思い出し友人家族を思いお城、神社、お寺を思い中学時代地理で習った穴道湖(シンジコ)が目の前に広がる様子は真に旅の醍醐味です。

 車窓に広がる海、山、緑、田畑、夕日と共にお弁当、読みたかった何冊もの本、楽譜読みに日記に友への手紙、たまにウトウト昼ね付き地方の方の方言に心なごみつつ至福の時が流れます。

本日は山陰浜田にて羽を休める事に致します。浜田は古きは航路の要所として栄えた町だそうです。予約しておいた駅に一番近いビジネスホテルに宿泊です。お風呂で一日の疲れをとり、ガイドブックでチェックしておいたお店へいざ出発!

 本日は「とんかつや」さんになりました。地元の人々が賑やかに会食なさってました。

 

 明朝430分起床。

 早朝の駅水が打たれ清々しい空気の駅構内に2・3人の人影、ピカピカのローカル始発列車は私一人の「お召し列車」と相成りました。

浜田 → 益田 → 長門 → 吉見 → 下関 → 徳島 → 岩国 → 広島 →

5:31発  6:25着  8:34着  11:51着  13:47着 15:55着 17:07着 18:06
      6:30発 10:04発  13:23発  13:59発 15:59発 17:15発 18:10


岡山 → 姫路 → 京都

21:00着 22:36着  
21:09発 22:56発 24:29 で到着!

 本日は14時間汽車の旅、皆様いかがでしたか。旅に出ましょう。

 ※注意:20124月の時刻表参照

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和解の証の十字架

2013年03月31日


 私がドイツの文化に興味を持つきっかけになったのは、女子中高時代、友人の影響で観たミュージカル『エリザベート』でした。王族の責務と魂の自由、生と死の間で葛藤する皇后の姿に思春期の悩みを投影し、美しい音楽やドレスに胸をときめかせ、ウィーン・オリジナルキャストのCDでは、ドイツ語の力強い響きに憧れたことも憶えています。

 それゆえ、大学の語学ではフランス語・ドイツ語の二択から迷わずドイツ語を選択しましたが、残念ながらあまり上達しませんでした。けれども、ドイツ文化に対する興味はますます高まり、歴史小説や歴史書などを細々と読んでいました。そんな私に、友人が「あなたは絶対この本が好き!」と勧めてくれた本が、皆川博子『総統の子ら』でした。

 ヒトラー・ユーゲントというナチスのエリート養成教育機関が、物語のはじめの舞台でした。日本の陸軍幼年学校に近いものかもしれません。高い志をもって将校になった主人公は、やがて敗戦を迎えたドイツの戦犯として、謂れのない罪に問われて死罪となります。正義と悪という二極化された対立構造の中で、勝利者によって「創作される史実」の恐ろしさを思い知りました。

 本の中で特に印象的だったのは、ドレスデン空襲の場面でした。
 幼いころから、私は「京都という街は文化財があるから、アメリカも空襲が出来なかった。だから文化に感謝して、大切にしなさい」と聴かされて育ってきました。
 ドレスデンは、かつてはザクセンの都でもあった、ドイツでも有数の文化都市でした。この街の建築物や文化財は価値のつけられないほどのものであり、空襲など絶対にないだろう、という安心感があったのでしょう、戦時中には多くの貴族がこの街に避難して、国境線で戦闘の行われているその瞬間にもオペラを楽しんでいました。
 けれども1945年3月14日、その街に爆弾は落とされました。ロンドン空襲に報復することを、イギリス軍は譲らなかったのです。

 ドレスデンは戦後「東側」となり、空襲によって破壊されたフラウエン教会は、長らくその姿のまま保存されていました。再建が始まったのは1993年、東西ドイツが統一されてからの事です。
 いつの日か再建をと願った敗戦当時の市民の手によって、瓦礫の一つ一つは拾い集められ、番号を打たれて、大切に保管されていました。再建は、そうして残されたピースを可能な限り生かし、足りない部分を補うという形で少しずつ進められました。
 そして2004年、完成した教会の頂上部には、和解の証として、イギリスから贈られた十字架が立てられました。

 その教会を、どうしても見たいと私は思いました。
「壁」が崩壊したのはちょうど物心ついたころで、それゆえ、「壁」によって世界が分かたれていた時代のことも、崩壊の感慨も、私にはわかりません。けれども、だからこそ、私にとっては文字で読んで想像することしかできない歴史を、この肌で感じたいと思いました。
 語学留学の場所をドレスデンに決めたとき、迷いはありませんでした。


 ドレスデンに降り立ったその夜、もうかなり遅い時刻でしたが、教会前に足を運びました。
聳え建つような、大きな教会ではありません。けれどもその存在は、見た目よりはるかに重く、大きなものなのだと感じました。
 教会前の広場には夜でも人々が行き交い、音楽が流れ、温かい灯りがともった周囲の建物からは、夕餉の歓談の声が聴こえました。
 敗戦時の写真で地上に転がっていたルターの像が、黒い人影となって教会の前に堂々と立っているのを目にした時、ああ、ついに来たんだなぁ、との感慨を抱きました。


 その時代を実際に生きていなかった私達の世代は、学びを通して想像することしかできません。
 けれども、歴史を読み、文化に触れて想像することで、同じ過ちを繰り返さないことを望み、価値あるものを守りたいと想いを抱くことはできます。

 新しいものや異なる文化に触れ、知ることそのものが喜びであった頃の小さな出会いが、今につながり、学ぶことの意味を教えてくれたように感じます。

(H15年 女子中高卒 入江 真愛)

My Favorite 音楽ボランティア

2012年09月07日

 音楽ボランティア

  母がデイサービスへ行き始めた頃、以前ピアノを習いに来ていた生徒から電話があった。
彼女はデイサービスの職員になっていた。音楽を演奏するボランティアの方を紹介して欲しいとの事だった。

 以前より音楽ボランティア活動が出来たらと思っていた事と、丁度、母が場所は違えどお世話になり始めた事とで、話がすぐにま とまった。
 
 主人が構成・アレンジとフルート、私が歌、そして幸いにも同じ考えを持つ音楽科の後輩がピアノを担当、後に音楽科の同級生がヴァイオリンを担当することになった。二人には有難い思いで一杯である。そして大変感謝している。

 その話を進めている矢先、母は亡くなった・・・
 
 その後、最初にデイサービスを訪問した時、
目の前にいらっしゃるお年寄りの方々が、あんまりにも良いお顔をされて聴いて下さるのと、母もこんな風に過ごしていたのだと思うと気持ちが込み上げた。
 『ふるさと』いかにいます父母~♪ 涙で楽譜が見えなかった。


 

それ以降徐々に訪問する施設も増え、
演奏回数も延べ30回以上になった。私達の訪問を楽しみにしてもらっていると思うと、演奏者冥利に尽きる。

皆さん、演奏が始まると普段と違う温和な表情をされる、
体の不自由な方が、音楽に合わせてなんとか動こうとされる、
鳥肌が立つほど感動したと言われる方、
ありがとうと言って握手を される方、

演奏させて頂き、そして反対にパワーを頂き『有難うございます』 なのに・・・

ライフワークとして体が許す限り、音楽ボランティアを続けたいと思っている。
そして とっても優しいお顔の人生の先輩方にお会いしたくて・・・

                     1976年女子大音楽学科卒  小谷(石谷)嘉子

My Favorite "I'm fine & Sing"

2012年08月27日

 『 I’m fine & Sing 』 ・・・Jazz Vocalistの独り言・・・

I’m fine & Sing というのは、私のブログのタイトルです。
いつも・・・いつまでも・・・元気で! そして、歌っていたい!
そんな思いで付けたタイトルです。
 
私は・・・京都を中心にジャズ・ヴォーカリストとしてLIVE活動しています。
blogは、LIVE活動や 日々の小さな出来事を綴ったもの!
 
 
 
 
このblogなるものを書き続けて 4年程でしょうか・・・
ほぼ毎日、UPしています
そして・・・思いもよらぬアクセス数に、驚いています!
たくさんの友人が、PCの「お気に入り」に入れて見てくれているようです。
 
そんな友人たちから
「毎日毎日よくそれだけ書く事があるね!」と言われますが
書く事で・・・色々な事に関心を持ち、新しい発見があり、また自分を見つめ直す良い機会になります。
これからも My Favorite なことを、出来事を書き続けていきたいと思っています。
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                                                      折原ようこ(1971年高校卒)
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My Favorite 会津の女性 八重

2012年08月12日

 会津の女性ひと 八重

 会津盆地の夏は蒸し暑く、冬は格別に寒く雪が多い。こんな風土から大変我慢強い人々が生まれ育った。秋には身知らずの柿が色づき独特の風情を醸し出す。

目を引くのは会津桐である。女児が誕生すると、必ず桐の木を一本庭に植え、嫁ぐ日の為の箪笥を準備するのが会津の人。自立の精神はこんなところにも伺える。海から遠い会津の地では、会津藩の武士は家族を養う手段の一つとして山菜を栽培した。

戊辰戦争で、自らも武器を持って戦った八重は負傷した多くの兵士を看護したこと、結婚以来、夫襄が病弱で、その看病に明け暮れたことなどが、襄亡き後、篤志看護婦の道を選んだことにつながっている。覚馬、八重の母山本佐久のことを良く知っていた会津に住む古くからの人は代々今に至るまで、佐久は利口な婦人で通っていたと話す。当時住民の間で流行した天然痘に心を痛め、近所に住む頑固な人たちを説得し、その予防に種痘をすることを勧めていた。そのような母を身近に見ていた八重は医学の大切さを十二分に知っていた。

今も伝わる「会津の三泣き」――。会津の人は冬寒くて泣く。会津の人情の厚さに泣く。他の土地に出て会津恋しやで泣く。会津で育った八重は天に召される日迄、泣く泣く西軍に鶴ヶ城を開け渡したあの日、あの時のことが脳裏から離れない。心から会津を愛し、葵の御旗を忘れられない一人だったに違いない。(「同窓会報52号」  特集P29)

                                   加藤聖子(28年高)

 

My Favorite 新島旧邸

2012年08月06日

 7月11日、同窓生である母に誘われ、新島旧邸の見学に行ってまいりました。

 開場時刻前からスタンバイ。
 今はまだそんなに混んでいませんが、9月からは開館日程・内容共に大河観光仕様になるそうです。

 門を入ってすぐ左手で入館手続きをして解説書をもらい、母屋へ。奥に見えている玄関で靴を脱ぎます。

 外から見るとほとんど洋館という印象。

 応接も洋風です。茣蓙が敷いてありますが当時は板張りのままで使っていたそうです。

 八重さん愛用のオルガン。演奏CDがかけられていました。

 先進的なセントラルヒーティングシステム。

八重さんの茶室「寂中庵」。

 襄の書斎。学生たちは自由に使用していたそうです。…大学図書館ですね。

 二階にはベッドが。

 9月以降は1階のみの見学ということだそうです。写真はベランダ。

 台所は日本式ですね。井戸もあります。

 会報の特集で八重さんの生涯を取材したこともあり、襄と八重さんの生活の息吹を感じられる旧邸の見学は大変感慨深い体験となりました。


 9月以降の開館予定については公式サイトをご覧ください。
 新島旧邸

 ※掲載の写真につきましては、同志社大学広報部より当記事掲載に限って許可をいただいたものですので、無断転載・利用はご遠慮ください。

(2003年高 入江 真愛)

My Favorite 東野圭吾「天空の蜂」

2012年07月31日

東野圭吾「天空の蜂」

 テロリストに奪取され、爆弾を積んだ自動操縦状態の超大型ヘリコプターが、稼動中の日本の某県にある高速増殖炉の真上でホバリング。そして「現在稼動、建設中の原発を全て使用不能にしろ。さもなければヘリコプターを落とす」の脅迫から始まります。その理由や結末は…内緒です。 

 昨年の東日本大震災が起こらなければ、ただの空想科学サスペンスだったかもしれませんが、大地震と津波によって想定外の福島原発事故が不幸にも起こってしまいました。

 著者が思い入れの強い作品と語っているように、1995年刊行のこの小説は、はからずも今日の国家危機を予測していました。

 本書では原発を推進する立場、反対する立場、無関心な立場、様々な立場の登場人物が原発について語っています。

 原発は単純に危険だ、だけではなく、原発がなければ私達の今の生活が成り立たないこと、危険と隣り合わせにどれだけの恩恵を受けているのか…

 原発によるエネルギー問題は、知らなかったではすまされない、目をそむけてはいけない大切な問題であり、これを知り向き合って行くのは国民の義務だと思い知らされました。

 あくまでも小説ですが、節電を考える今こそお読み頂きたい作品です。(原子力発電は原発と省略致しました。)

                                   46高 吉森(土肥)由美子

My Favorite 京都は文化のテーマ・パーク!

2012年07月11日

 月に一度、社寺巡りや伝統文化を学ぶ会を2007年から10名のグループで楽しんでいます。何と京都には金閣寺や清水寺を筆頭に17もの世界遺産があるのです。それらを中心に、庭園、美術館、町屋などを、京都検定のテキストを参考にして歩き、検定には一年目で合格しました。

 先月は、西加茂の古刹、正伝寺を訪れました。比叡山を借景にした庭園には、美しく刈り込まれたさつきが七五三調に配置されています。広縁に座って、ゆっくりとながめて、至福の時を過しました。でも、見上ると生々しい血天井が!伏見城の落城の時の床が移築されたもので、都の歴史がひしひしと感じられました。

 足をのばして、鷹峯には、円形と角形の窓で有名な源光庵があります。光悦垣や工芸品が見事な光悦寺も、おすすめです。

 お寺巡りだけでなく、たまには、瓢亭の朝がゆや柊家さんでのおもてなしの京懐石料理をいただいて、食文化体験も楽しんでいます。それが「楽人会」が続いている、秘訣かと思います。

佐藤 和子(S.42年 高校卒業)

  

My Favorite シャンソン教室に通って

2012年06月28日

. 子育てが一段落した頃、ヘルパーの仕事をしていました。自分の両親は元気だったので何故か「自分とは別や」と思っていたのに例にもれず介護が始まりました。軽い気持ちでただ気分転換になるのではとチラシを見てシャンソン教室に体験に行きました。日常からはなれた楽しいひとときにルンルン気分になり、すぐ申し込みして、早や十数年経ちました。

 その間、やめたいとか休みたいとか思ったことは一度もない位アッと云う間の年月でした。年に一回、文芸にて発表会が有ります。舞台のそでで、出番を待つ間は心臓パクパク。緊張感でいっぱいです。が、歌い終った後は山登りやマラソンと同じで達成感を味わえます。「得意でもないのに何で習っているのやろ」と、最近思います。教室の仲間は小さい頃から代表で歌ってたとか聞いています。はてはて私といえば、全くその反対でリズム感悪い、音痴ときている。いまだ先生から「良かったよ」を言われる事もない。おまけに上がり症という情けない始末。自分でも続いているのが不思議な位。「継続は力なり、老化防止、声を出すことは健康に良い」と開き直っています。贅沢にも生伴奏でピアノの音色を聞いてるだけでも気分が良いし、手を抜かない吉永修子先生の厳しい指導にも感心し、特別上手な人が集っている我が教室の仲間の歌を聞けるのも楽しみです。各々の個性を持った人達と出会えるのも魅力です。自分らしい歌が歌えるのはいつのことやら、えっちらおっちらと続けていきます。今年こそは、気の小さい自分の殻を破って伸び伸び歌いたいと思っています。良かったら聞きに来て下さい。

 プロムナード、11月9日、10日の両日5時30分から 整理券必要なので連絡下さい。

女子高校1964年度卒 白石(高橋)美寿ゞ

My Favorite スコットランドへぶらっと…。

2012年06月22日

スコットランドへぶらっと…。

 こんな風に、書き始めると、なんか優雅にのんびりとセレブな旅行に行ったかのように思われるかもしれません。

 大学在学中から卒業してしばらくの頃、世間が休みではなく、日本人の海外脱出の少ない頃に、海外旅行に行くことができていたのが癖となり、仕事を始めてからも、お盆、正月、ゴールデンウィークは大人しくしていて、ここと思った時期に、突然、飛行機を押さえ、行程を作り出し、旅支度を始める。

 周りもこんな私の行動には慣れっこで、「今度はいつ?」と、いつも快く送り出してくれる。呆れているのだろうが、ありがたく感謝に尽きる。

 だいたい2年周期くらいでやってくる脱出癖のターゲットが今回は「スコットランド」となった。

 なぜ、スコットランドに行こうと思ったかなんて、単純な理由で、まず、

 英語圏であること。

 訪問した事がないところ。

 人が少なそうなところ。日本人に会わないところ。

 歴史、古き時代を彷彿とさせてくれるところ。

 これを絞り込んでいくと、今回は「スコットランド」にたどり着いたのである。

 ただ、人恋しくなるのは分かっていたので、最後は南下してイギリスに入り、いわゆる観光地とロンドンの喧騒で社会復帰を図り、帰国したいと計画した。

 勝手に「人間再生の旅」と名付けているが、決して贅沢はしない。

 一人の気ままさだけで十分なので、移動手段の飛行機チケットはマイレージポイントで貯めたマイルを利用し、「燃料サーチャージと空港使用税」だけを支払い、泊りはすべてB&B(朝食、シャワー付きで7000円くらい。イギリスは結構高い)で、島内移動は、レンタカーと鉄道。

 車ももちろん、ミッション車で、1000ccクラスの小型車。贅沢はと言えば、「ナビゲーション付」くらいだろうか。鉄道は出発前にレイルパスを購入し、普通席で乗り放題。

 でも、バックパッカーのような格好にはちょっと抵抗があるので、普通の大型スーツケースをコロコロと運ぶ。

 マイル利用なので、航空会社や離発着空港は贅沢が言えないが、今回はルフトハンザ航空で、関空→フランクフルト経由→スコットランド・エディンバラへ。

 これから10日間の再生旅スタートであるが、プロローグはこの辺で。。。

 全行程を書き綴るには長すぎるので、また次の機会に続きが書ければと思っています。

                                       1984年英文卒 筧 順子

My Favorite 思いがけない素敵な出会い

2012年06月06日

思いがけない素敵な出会い
      

  去る4月の桜花爛漫の頃に「八重の桜」と出会いました。あるテレビのニュース番組の中継で「花を愛でよう 春の歌に寄せて」というコーナーに私の所属するコーラス団体が出演させていただきました。

  京都には、数多くの桜の名所がありますが、京都府庁にある桜をご存じでしょうか。京都府庁旧本館は明治37(1904)年にルネッサンス様式で竣工された建物で、重要文化財に指定されています。

その中庭に数本の桜の木があります。中庭中央に祇園枝垂れ桜、そして周りに容保(かたもり)桜、大島桜、紅一重桜、紅八重枝垂れ桜等です。その「容保桜」とは、この地が京都守護職上屋敷跡でありその守護職を務めた会津藩主松平容保にちなみ命名されました。                       

松平容保は八重さんが、大変信頼をよせていた藩主でもあり「八重の桜」とも言われています。大島桜と山桜の両方の特徴を併せ持っためずらしい品種で力強さを感じます。

夕暮れ時になりアーチ型に囲まれた中庭でグラデーションのように白や淡いピンクから濃いピンクと咲き乱れる花々がライトアップされた幻想的な空間で、「荒城の月」と「春」を歌うことができ、最高の幸せでした。

 

八重さんはこの桜をどのような思いで見てらしたのでしょう。

同窓の皆様には、77日の総会で、本井康博先生の講演「八重の桜、舞う」を聞いて頂き、来年の春には、いにしえのみやこ人を見続けてきた「容保桜」に、八重さんの思いを馳せていただきたいです。

                                                                                       田中嘉代子(46年女子高卒)

                                                     

My Favorite 昭和ひとけたの意地

2012年06月05日

 父の日によせて、ご投稿いただきました。

 昭和ひとけたの意地

父は、昭和10年1月3日生まれ(お正月なので誕生日を祝ってもらったことがない)学年は、昭和9年の仲間になる。

 70の声を聞いても、実にフットワーク良く働いていた。その父に困ったところがあった。ポケベルが流行ろうが、ケイタイが流行ろうが、持たないのである。つまり家を出たら最後、連絡が取れないわけなのだ。そして父がいないときを見計らったように、お客さんがやってくる。今までそこらに居たはずだと思って捜すのだが、いつの間にか姿を消しているのだ。

 断りを言って帰ってもらったと思ったら、姿を現す。その繰り返しなのだ。そして、いつ頃来ただの、何の用だったの言うのである。まるで糸の切れた凧のようだと、何度思ったか知れない。まあ、戻ってくるのだからそうとも言えないが…。

 その父がやっとケイタイを持った。実に嬉しそうにいじっていた。簡単な操作もほとんど出来なくて、孫にめんどくさそうに教えてもらいながら…。そのケイタイが一ヶ月も使わずに形見になろうとは夢にも思わなかった。

  大空に凧になって高く高く飛び立っていったのだろうか…。

                            梅田良子(1984年家政学部卒)

 

My Favorite 井上靖「後白河院」

2012年05月11日

 今回の記事は、HP委員会より、38年高卒の下谷祝子 さんに依頼してご執筆いただきました。


余程本好きと知られているのか「書評」のコーナーに、今時のもので、ただし最近出版されたものは新聞等に載るので、その辺は避けて「何か」とのこと。
  NHKの大河ドラマは毎回ドラマそのものへの好みとは別に、そんな時代があった事を思い出し、書店にはこの時とばかりに「関連書」
が並ぶの、楽しみである。
 そんなことで今年の大河ドラマ「平清盛」がらみで「今どき」ではあるが「ずいぶん昔」に出版されたものをとりあげてみた。
 

   井上靖著  「後白河院」   筑摩書房 昭和47年発行 

胎頭してきた武家勢力に抗して天皇・公家による政治体制の維持に孤軍奮闘した後白河院の「人となり」を、その時々に近くにあった4人が往時を語っている

  最初が保元・平治の乱当時蔵人であった堂上平氏の平信範
 自分を帝位につけ、皇室内の確執も摂関家の内紛も一挙に
かたづけた信西にむける院のなざし」に、以後続く平治の乱、院政の復活を予感しているし、 の建春門院(後白河院后・高倉天皇母・清盛妻時子異母妹)に仕えた藤原俊成女は高倉帝即位、徳子入内と平家一門全盛期、表面の華やぎの底にざわめいていたものが、女院崩御を機に重しが取れたように騒がしい時代へと雪崩れて行く様を案じている。
 三人目は
院の執事として「院に二心なき人」と評された峻厳な能吏の吉田経房だが、清盛逝去、平家西走、義仲入洛・敗死、平家滅亡、義経失脚源平の争乱を逆手に宣旨・院宣を朝令暮改的に乱発して切り抜けようとした院を「武断の政はどのようなことがあっても排さねばならぬ。・・・・院はそのようなことをなさるためにお生まれ遊ばされた方と申し上げていいかと思うと支えている。
 最後に、九条兼実(
関白・かつて平信範に保元平治の事を聞いは後白河院崩御の後「武人という武人は一人残らず院にとっては敵というべき存在」であった「後白河院は六十六年の生涯ただ一度もお変わりにならなかった」「ただ口からおしになる言葉だけを、方便として、その時々に依ってお変えになっていらしたまでのことである」「ただひとりでお闘いになり、結局はお勝ちになったのであると。 

 源頼朝から「日本国第一の大天狗」ときめつけられたのは後白河院にとってある意味面目躍如たることではなかっただろうか。
 突き放したような乾いた文体に、かえって後白河院への思いが籠っているような感じ
がする。 

 

                          38高  下谷祝子 

My Favorite 朝散歩のススメ(賀茂川編)

2012年05月06日

朝散歩のススメ(賀茂川編)

賀茂川の土手に降り立つと
自然は優しく大きく包み込んでくれます。
川は『あなたも力強く生きなさいよ』
鳥達は『わたしがうたって癒してあげますよ』
いつもと変わらず迎えてくれます。
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『おはようございます』
私の朝の第一声は賀茂川で始まります。
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歩き始めてまだ丸2年。
何十年と歩いてらっしゃる方が多いので、
新参者です。
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家から往復、約8キロのコース。
1時間半から2時間かけて、ほとんど毎日、先輩ご夫婦と会話を楽しみながら歩いてます。
話題には事欠けません。あっ、カワセミが飛んでる、あそこにイソシギがいる、
蜻蛉日記のカゲロウがとまってる、
この花はグリム童話に出てくるサラダにして食べても良い『ノヂシャ』、
タケノコは薄切りにしてバターソテーし、味醂醤油で甘辛く味を付けると美味しい・・・
いろんな情報が飛び交い、頭はフル回転。忙しや忙しや・・・
あっという間に散歩の時間はおしまい。
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散歩している方にお聞きしますと、
風邪を引かなくなった・視力が回復した・動悸がなくなった・肩こりがなくなった・・
人それぞれ。
脂肪燃焼効果があると言われますが、散歩から帰るとご飯がおいしいこと・・・
なので痩せる事は難しい・・
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朝散歩は『前向きな気持ちになれること』が一番だと私は思います。
安定した精神・活力を得ることは一日の生活の第一歩として
こんなに素晴らしいことはありません。
でも、朝散歩に行かねばならぬ、という気持ちより、
歩きたいな、という気持ちを大切にしてます。
ですから時々お休みも・・・
言い訳です・・・
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今の季節、緑眩い賀茂川では、
苞が残ったヒナゲシの花がかわいい顔をしてお迎えしてくれます。
そして、運が良ければカルガモのかわいい親子のお散歩も見られるかも・・カモ・・・
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賀茂川でなくても是非、朝散歩をしてみて下さい。
お昼間とは違った朝の顔が覗け、思わぬ出会いや発見が・・・。
何よりも、新たな自分自身が発見出来ます・・・
朝散歩のススメでした
             1976年女子大音楽学科卒  小谷(石谷)嘉子

My Favorite 「脱原発のエネルギー計画」

2012年04月10日

桜の季節となりました。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

ちょっとお知らせのコーナーに“My Favorite”のカテゴリーを作りました。ここには、会員のお気に入りなど、皆様に楽しんでいただけるような身辺の事などを載せていく予定です。皆様からの投稿もお待ちしています。

今日は、おすすめの一冊をご紹介します。

「脱 原発のエネルギー計画」 藤田祐幸/文  勝又進/絵 高文研(1996年 第1刷発行 2011年 第3刷発行 1545円)

 今 電力を巡って今後どうするべきかが問われています。
この本は、原発がどういうものかについて「豊富なデータと漫画風イラスト」をふんだんに使って中学生にも分かる文脈で大変分かりやすく書かれています。
 そもそも原発について 私達はどれだけの事を知っているでしょうか?
殆ど何も知らないままエネルギー源として安全・安価であるといわれて無自覚に恩恵を受けてきました。
3.11に起こった震災と津波、それにもましての原発の放射能問題は被災地の方々はもとより 日本中を振るえあがらせました。この本では 1995年に既に今回の被害を予見し、警告が発せられていたのに 私達はこの15年間何をしていたんだろうか?と言うのが 率直な感想です。
*原発事故の問題は、放射能問題 
*通常運転と維持管理に従事する労働者(多くは下請け労働者)の放射線による被曝・汚染の問題  
*原発の老朽化,耐用年数を過ぎた原発の解体撤去 放射能廃棄物の処理問題が未解決
「この三つの解決不可能な問題を抱えたまま、毒性は数万年にわたって消滅することのない危険物を管理する原子力発電の問題は人類の歴史的な課題であり、姑息な技術的問題に矮小化することはできない」「ウラン採掘から廃棄物処理にいたる すべての段階で労働者は放射線にさらされて仕事をし、便利で豊かなわれわれの生活はこれらの労働者の日常的な被爆によって支えられていることを知らねばならない」と著者は言っています。
 原発の事故が起こった際の被害はあまりに影響が大きくかつ広く、もはや計算できないほどの莫大な金額になって嗣子孫孫におおいかぶさっていきそうです。今まで言われていたように原発はほんとに安価といえるのか?安全といえるのか? 原発に頼らなければ電力パニックが起こるのか?日本の電力消費の実態はどこに問題があるのかなどなど、現実に即した確かな視点を持って書かれています。
 少なくともせめてこのくらいの 知識と情報を踏まえたうえで 今後の生活とエネルギー政策を見直さねばいけないのではないだろうかと思いました。
1995年に書かれているのでそこから15年間の新しい資料と 視点をもっと知りたいと思う本でした。
                1964年 女子高卒 今田(河合)康子

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