和解の証の十字架

2013年03月31日


 私がドイツの文化に興味を持つきっかけになったのは、女子中高時代、友人の影響で観たミュージカル『エリザベート』でした。王族の責務と魂の自由、生と死の間で葛藤する皇后の姿に思春期の悩みを投影し、美しい音楽やドレスに胸をときめかせ、ウィーン・オリジナルキャストのCDでは、ドイツ語の力強い響きに憧れたことも憶えています。

 それゆえ、大学の語学ではフランス語・ドイツ語の二択から迷わずドイツ語を選択しましたが、残念ながらあまり上達しませんでした。けれども、ドイツ文化に対する興味はますます高まり、歴史小説や歴史書などを細々と読んでいました。そんな私に、友人が「あなたは絶対この本が好き!」と勧めてくれた本が、皆川博子『総統の子ら』でした。

 ヒトラー・ユーゲントというナチスのエリート養成教育機関が、物語のはじめの舞台でした。日本の陸軍幼年学校に近いものかもしれません。高い志をもって将校になった主人公は、やがて敗戦を迎えたドイツの戦犯として、謂れのない罪に問われて死罪となります。正義と悪という二極化された対立構造の中で、勝利者によって「創作される史実」の恐ろしさを思い知りました。

 本の中で特に印象的だったのは、ドレスデン空襲の場面でした。
 幼いころから、私は「京都という街は文化財があるから、アメリカも空襲が出来なかった。だから文化に感謝して、大切にしなさい」と聴かされて育ってきました。
 ドレスデンは、かつてはザクセンの都でもあった、ドイツでも有数の文化都市でした。この街の建築物や文化財は価値のつけられないほどのものであり、空襲など絶対にないだろう、という安心感があったのでしょう、戦時中には多くの貴族がこの街に避難して、国境線で戦闘の行われているその瞬間にもオペラを楽しんでいました。
 けれども1945年3月14日、その街に爆弾は落とされました。ロンドン空襲に報復することを、イギリス軍は譲らなかったのです。

 ドレスデンは戦後「東側」となり、空襲によって破壊されたフラウエン教会は、長らくその姿のまま保存されていました。再建が始まったのは1993年、東西ドイツが統一されてからの事です。
 いつの日か再建をと願った敗戦当時の市民の手によって、瓦礫の一つ一つは拾い集められ、番号を打たれて、大切に保管されていました。再建は、そうして残されたピースを可能な限り生かし、足りない部分を補うという形で少しずつ進められました。
 そして2004年、完成した教会の頂上部には、和解の証として、イギリスから贈られた十字架が立てられました。

 その教会を、どうしても見たいと私は思いました。
「壁」が崩壊したのはちょうど物心ついたころで、それゆえ、「壁」によって世界が分かたれていた時代のことも、崩壊の感慨も、私にはわかりません。けれども、だからこそ、私にとっては文字で読んで想像することしかできない歴史を、この肌で感じたいと思いました。
 語学留学の場所をドレスデンに決めたとき、迷いはありませんでした。


 ドレスデンに降り立ったその夜、もうかなり遅い時刻でしたが、教会前に足を運びました。
聳え建つような、大きな教会ではありません。けれどもその存在は、見た目よりはるかに重く、大きなものなのだと感じました。
 教会前の広場には夜でも人々が行き交い、音楽が流れ、温かい灯りがともった周囲の建物からは、夕餉の歓談の声が聴こえました。
 敗戦時の写真で地上に転がっていたルターの像が、黒い人影となって教会の前に堂々と立っているのを目にした時、ああ、ついに来たんだなぁ、との感慨を抱きました。


 その時代を実際に生きていなかった私達の世代は、学びを通して想像することしかできません。
 けれども、歴史を読み、文化に触れて想像することで、同じ過ちを繰り返さないことを望み、価値あるものを守りたいと想いを抱くことはできます。

 新しいものや異なる文化に触れ、知ることそのものが喜びであった頃の小さな出会いが、今につながり、学ぶことの意味を教えてくれたように感じます。

(H15年 女子中高卒 入江 真愛)

コメント

コメントフォーム

(不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。
適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

 ◆ちょっとお知らせ◆のコーナーにMy Favoriteのカテゴリーを作りました。ここには、会員のお気に入りなど、皆様に楽しんでいただけるような身辺の事などを載せていく予定です。皆様からの投稿もお待ちしています。

カレンダー

«3月»
     1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31       

フィード

ページの先頭へ